【読書感想】天才・勝新太郎の表現力に脱帽!
原稿執筆の資料として図書館から借りてきた『偶然完全 勝新太郎伝』(田崎健太著、講談社刊)を読んでたら、勝新の天才性が垣間見える一節を見つけた。
それは、『週刊ポスト』編集部に在籍し、同誌が連載していた勝新の人生相談コーナーの担当編集者だった著者が、勝新に読者からの質問をぶつける場面。
勝新が語る「性行為」についての説明描写がもう、役者バカ、勝新ワールドそのものと言っていいぐらい、ぶっ飛んでいるのである。
少々長くて、かつR-15な内容だが、勝新らしさをできるだけ忠実に伝えたいので、そのまんま引用する。
女っていうのは、男を愛してくるってぇいうと、だんだん男を包みたい、最後の一滴まで絞るようなセックスに変わってくるんだよ。淫乱でそうなってくるんじゃなくて、愛しているからそうなってくる。
ああ、もう、あたしぃ――いやっ、いーっ、いーっ。
なんてうなりだした時、中が欠伸して、洞窟になっちゃうなんてのもある。 肉がぶわっと壁にくっついちゃう。サーカスのテントのドームみたいになって、オートバイでぐるぐる、ぐるぐる回る曲芸ができるぐらいの壁になっちゃって、ドームの真ん中で麻雀なんかしている女の人もいるんだ。
そのうち、その壁がだんだんちっちゃくなっていって、巾着みたいになっちゃって、その中に入ったらもう生きて出られねぇんじゃねえか、って変ってくる。
助平、淫乱だからじゃなく、その男を愛しているからそうなるんだ。男の命の泉の一滴まで絞りとろうとする女の本能は凄いぜ。
特にぼくが感銘を受けたのが、「ドームの真ん中で麻雀なんかしている」のくだり。
女性は絶頂に達する前にはコーマンがドーム状に膨らむ、ということすらぼくには初耳だったが、その現象はさておき、勝新はその膨張の度合いを「中で麻雀ができるぐらい」と喩えるのだ。
コーマンの中で「それ、ポンッ!」とか「始発までもう半荘だけ、頼む」とか言いながら徹マン(!)している四人連れを想像して、思わず図書館で吹き出してしまった。
これは麻雀だからいいのであって、トランプや野球盤ではいまいちコーマンが広々している雰囲気が伝わらない。なんだか窮屈そうだ。
かつて立川談志は「『饅頭こわい』というネタは饅頭だからいいんであって、これが『羊羹こわい』でも『氷あずきこわい』でもイケナイ」と力説していたが、同様に、絶頂前のコーマンは「雀卓を置けるぐらい」のスペースという喩えがぴったりなのだ。
さすが、24時間、映画、演技のことを考えていたという勝新だからこその表現力。
この一節だけで、『週刊ポスト』に連載されていた元の人生相談を読みたくなったが、ネットでざっと調べた限り、一冊の本としてはまだまとめられていないらしい。
天才・勝新太郎の頭ん中をひも解く資料として、ぜひとも出版してほしい。