ランチジャー本出版への道〜その2

今回は、ぼくが持っているランチジャー自慢の前に、これまでランチジャーがメディアの中でどのように扱われてきたかをその登場場面と共に紹介したい。

 

幸福の黄色いハンカチ」('77年公開)

2013年5月にアップされたWebマガジン「ヒビレポ」で、ぼくは次のように健さんとランチジャーの蜜月ぶりを書いている。

東映を離れ、任侠映画のイメージからの脱却を図った健さん。その背中では唐獅子牡丹ではなく、ランチジャーが泣いていた・・・。健さんの役柄は、殺人罪の刑期を終え、出所してきたばかりの元・炭坑夫。ランチジャーは、健さんが事件を起こす前、いちばん幸せだった時の回想シーンに登場する。「ランチジャー=夫婦愛」という山田洋次監督の粋な演出。

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これは早急に調べてウラを取らないといけないと思っているが、おそらく「幸福の〜」が公開された1970年代後半というのは、ランチジャー生産のピーク時、または右肩下がりが始まった辺りだったのではないだろうか。

事実、この映画の舞台になった炭坑町・夕張では1970年代に入っていくつもの炭坑が閉山になっている。

1973年:三菱大夕張炭鉱閉山。

1975年:北炭平和炭鉱閉山

1977年:北炭夕張炭鉱新第二鉱閉山。狭義の「夕張炭鉱」がすべて閉山。

1980年:北炭清水沢炭鉱閉山。

wikipediaより)

 

もちろん、健さんが演じた炭坑夫のみがランチジャーを使っていたわけではないけれど、田中角栄が推し進めてきた列島改造ブーム(1972年〜73年)の終焉、石炭業界にとって一時の光明となったオイルショック(1973年、1979年)からの脱出は確実にランチジャーを必要とする現場の男たちを社会の窓際に追いやったはずだ。

この後、80年代半ばになると日本はバブルの時代に突入。「軽・小・短・薄」という、まるで「包茎・短小・早漏」のようなキャッチコピーが幅を利かせるランチジャー暗黒時代を迎えるのである。

このような背景を踏まえて、もう一度、健さんに背負われているランチジャーを見てみよう。もう二度と来ることはない、だからこそ永遠になった幸せの絶頂を切り取った一コマ。

ぼくが映像作品でランチジャーを確認で来たのはこの「幸福の〜」のみだが、ランチジャーの歴史を振り返るにはこのワンカットだけで十分、という気がしてくる。

 

○「美味しんぼ〜飯の友〜」(’88年7月発売ビッグコミックス第16巻収録)

別の原稿の資料としてたまたま手にしたコミックスで発見したこの二コマ。

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コミックス発売が1988年7月なので、「スピリッツ」に初出したのは87年〜88年前半かと思われる。まさか、バブル期の最中にランチジャーがマンガに登場するなんて夢にも思わなかった。しかも、オーナーは現場で汗をかくガテン系ではなく、出版社に勤めるアルバイト学生。

注目してほしいのはランチジャーの形状である。健さんが背負っていた「四角柱型」ではなく、「円筒型」。そう、この頃にはすでにランチジャーの保温機能を担う内部の材質は割れやすいガラスから丈夫で加工の容易なステンレスになっていたのだ(ステンレス製ランチジャーがいつ誕生したかについても早急に調べなければ)。

 

ただ、マンガで富井副部長はランチジャーを見たのはこれが初めて、みたいな驚き方をしているが、これは明らかに不自然だ。富井副部長の世代ならその誕生からランチジャーを知っていて当たり前なのである。

また、「ひええっ! なんてぜいたくな!!」とトンチンカンなリアクションをかます富井副部長に対して、田畑さん、花村さんの東西新聞文化部が誇るお局コンビは次のように説明している。

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「10年前から」って...。ランチジャーが生まれたのは1964年。連載初出時が1988年だとして、23年前だ!

それにしても、富井副部長の「なんてぜいたくな!!」「ああ......なんて軟派な!」「これじゃ毎日がお花見弁当じゃないかっ!」という発言からは、無知だけでは済まされない、ホワイトカラーとブルーカラーの断絶さえも感じ取れるのである。

 

アイアムアヒーロー」(’09年8月発売ビッグコミックス第1巻収録)

美味しんぼ」から21年後、またしても「スピリッツ」にランチジャーが登場するとは。

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アイアムアヒーロー」でのランチジャーは、「美味しんぼ」のように物語上のきっかけや伏線としてではなく、単に小道具のひとつ。

しかし、単純に手料理弁当を作ってくれるやさしい彼女を表現したいのであれば別に普通の弁当箱でもいいと思うが、その後、主人公と彼女が迎える結末を考えると、ここではやはりランチジャーいっぱいの愛情を表すのが正しい。たぶん。

 

英雄は売れっ子漫画家のアシスタントをしながら何とか現状を打開するマンガを試行錯誤する日々を送っており、この日は出版社に新作ネームの持ち込みに行く。

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たしかに大して労力は使うわけでもないが、彼女はなんとか英雄を勇気づけようと、その想いを白飯とおかず、スープに託してランチジャーに詰め込んだのだ。たぶん。

 

さて。英雄が使っているランチジャーだが、ゼロ年代〜現在で最も出回っている型である。

主な特徴を挙げるとすれば、装飾を取っ払ったポストモダンなデザインと箸箱の位置だろうか。

美味しんぼ」で登場した一昔前のランチジャーは、ジャーが合皮製のカバーで包まれていた。また、もっと前の「幸せの〜」で健さんが使用していた頃、70年代〜80年代にはジャー外側は合成樹脂で覆われていた。

いずれも耐衝撃性のためかと思うが、ゼロ年代になるとデザインはステンレスとプラスチックのムキ出しが主流になる。つまり、ステンレスが保温とデザインの両方を兼ねるようになり、より省スペース化が実現したというわけである。

 

〜ランチジャー自慢②ZOJIRUSHI ステンレスランチジャー お・べ・ん・と SL-XB20-HG ガンメタリック〜

というわけで、今回の紹介する自慢の一品は、英雄が使っていた物と同じタイプの現行品のステンレス製ランチジャー。

ぼくが初めて買ったランチジャーで、Amazonの商品の中でいちばん容量の大きい物を選んだ。細身でシャープな外見ながら、どっこい、飯容器790ml(お茶碗4杯分・約1.6合)、スープ容器290mlの大容量。

これにぼくは実家から送られてきたあきたこまちを1.8合、おかず容器には生姜焼き、スープ容器には豚汁を詰め、これぞ「男の弁当」を作った。

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ステンレス製、ポストモダンのデザインだからって現代のランチジャーも馬鹿にはできない。いや、食いで、という部分では確実に進歩している。掘っても掘っても減らない白飯を腹に詰め込みながらぼくはそう実感した。