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渡瀬恒彦〜日本映画界最強の鍋奉行〜

秋分の日を過ぎ、スーパーにも鍋コーナーがぼちぼち立ち始めてきた今日この頃、日本映画界が誇る鍋奉行、渡瀬恒彦の魅力について紹介したい。

 

渡瀬恒彦といえば役者としての魅力は言わずもがなだが、荒くれ者や腕っ節自慢の役者だらけだった1970年代東映にあって“最強”との呼び声高いケンカ師である。

なんせ、

 在学中は空手道部に籍を置き、段位は弐段。 

であり、

東映やくざ映画やアクション映画などに出演した際に親交を深めた志賀勝、川谷拓三、片桐竜次、野口貴史、岩尾正隆、小林稔侍らが結成した「ピラニア軍団」の発起人となったことでも知られている。

なのである。(出典:渡瀬恒彦 - Wikipedia

 

また、その命知らずなスタントアクションについて、映画評論家の町山智浩さんと春日太一さんはTBSラジオ『たまむすび』で次のように紹介していた。

 

町山智浩「アクションシーン、一切、スタントマンを使わないんです」

赤江珠緒「へぇ~」

春日太一「バスジャックの映画があるんですけど、『狂った野獣』っていう。その時は、バスにオートバイで並走して、オートバイの後部座席から、バスの窓に乗り移るんです」

 

町山智浩「オートバイからバスに乗り移るのを本人がやってるんです」


春日太一「猛スピードで走ってるんですよ。それを1カットでやってるんです」

山里亮太「えぇ?!」

春日太一「さらに、そのバスを自ら運転して、横転までさせるんです」

町山智浩「バスでパトカーを何十台も轢き潰して、その後にバスがクラッシュするんです。ずっと渡瀬恒彦が運転席にいるんです。もうどうかしてる人なんです」

春日太一「それで『渡瀬さん、スターなんだからあんまりそういうことやっちゃダメだよ』って言われたら、『俺にはこれしかないんだよ』って言って。当時、まだ演技力に自信が無かった頃なんで」

町山智浩「『とにかく、俺は体を張れば良いんだ』って思ってたんですよ」

 引用:町山智浩×春日太一「俳優界の最強は渡瀬恒彦」 | 世界は数字で出来ている

 

 

まさに実力と特攻精神に裏打ちされた本物のケンカ師、渡瀬恒彦がなぜ日本映画界最高の鍋奉行なのか?

そんな疑問を抱いているかたに向けて、渡瀬恒彦が「有田俊夫」役で出演している1973年『仁義なき戦い』での1コマを紹介したい。

 

渡瀬恒彦扮する有田は物語中盤、山守組分裂のキーマンとして登場する。

〜あらすじ〜

広能昌三(菅原文太)、若杉寛(梅宮辰夫)らの身を挺したはたらきによって土井組を壊滅、呉の闇社会を牛耳ることに成功した山守組だったが、組の運営を巡って若頭の坂井鉄也(松方弘樹)と幹部・新開宇一(三上真一郎)が対立。その争点はヒロポンの売買によって頭角を現しはじめた新開の舎弟・有田一派に向けられる。有田はかつて坂井が絵図を描いて選挙妨害を行った市会議員・金丸を抱き込み、金丸と兄貴分・新開との間を仲介。山守組の乗っ取りを共謀する。

 

以下は金丸と新開、有田が料亭で鍋を囲みながら謀議を図っている場面である。

 

(有田)市会議員の金丸の盃に酌をする。

 

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金丸「わしゃのう、常々有田にも言うとるんじゃが、男が世に立つ以上ひとの風下に立ったらいけん」

新開「へぇ」

(有田)箸を取り、取り皿の中の鍋の具を口に運んでいく。

 

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金丸、新開に盃を渡し中居が酒を注ぐ。

 

(有田)金丸、新開、中居の交差する腕の隙間を縫うように、鍋の中を物色し具を自分の取り皿に入れていく。

 

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金丸「一度舐められたら終生取り返しがつかんのがこの世間いうもんよ、のぅ」

新開「へぇ」

(有田)金丸の言葉への反応を探るように新開を見つめる。

 

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金丸「ましてや侠客渡世ならなおさらじゃ」

(有田)鍋を物色しながら、金丸のタバコを持つ動作に気付き、ジッポで火を点けてあげる。

 

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金丸「時には命を張ってでもいうぐらいの性根がなけにゃ親分と言われるような男にはなれんわね」

(有田)パチンとジッポの蓋を下ろしながら新開を見つめる。

 

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金丸「のう、新開さん。あんたも男になりんさい」

 

(有田)再び鍋の中を物色しはじめる。

 

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カメラ位置が金丸の背中越しに移動。

 金丸「わしがなんぼでも応援してあげるけん」

金丸が新開の盃に酒を注ぐ。

 金丸「それにはよ、山守組の跡目に立つような意志がなけにゃのう」

新開、有田を一瞬見たあと、金丸の言葉に身を乗り出しそうになる。

(有田)ふたりのやり取りを我関せずとばかり鍋の具を口に運ぶ。

 

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金丸「むほっ、山守ごときは相手にせんでもええがのう。問題は坂井じゃ」

(有田)手酌で酒を注ぎ、飲み干す。

 

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金丸「あの男、早いうちに叩いとかにゃあんたも有田も男にゃなりせんど」

新開「へ。そらぁようわかっちょるんですが」

金丸「むほほ。あんたがその気になっとるんなららわしがひとつええ贈りもんしよ」

うしろを振り返り、パンパンと手を叩く。

カメラ位置が新開の背中越しに移動。

金丸のうしろの襖が開き、土井組の残党三人が姿を現す。

(有田)腰を上げそうになる新開の肩を抑え制す。

 

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金丸「はっはははははは。ちぃとばかり座興が過ぎたかのぅ」

(有田)事は済んだとばかりに箸を置き、爪楊枝をしごきだす。

 

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金丸「これはしかし酔狂じゃないんだ。あんたの力でよ、土井組を再建させちゃったらあんたは押しも押されもせん大親分じゃ」

 

 

 

いかがだろうか。「最高の鍋奉行と言っておきながら鍋の世話なんか全然してねえぢゃねーか!」と思われたかもしれない。

ぼくもそう思った。映画を見直すまで渡瀬恒彦(有田)はもっと同席しているふたりに対して甲斐甲斐しく取り皿に鍋をよそってやったり、酌をしてあげたり世話を焼いていたと記憶していたのだ。

それがどうだ。一言も台詞を発せず、眉間にシワを寄せてへの字口をしたまんま、ひとり黙々と鍋を食ってる。

 

ぼくが渡瀬恒彦(有田)を鍋奉行と勘違いした理由。

それは彼の視線だ。このシーンの間中、視線がほとんど動いていないのだ。視線の定位置は鍋、もしくは自分の取り皿で、金丸のタバコに気づいたときも視界の中の出来事として対応している。タバコに火を点けてあげる瞬間も視線はずっと己の手元だ。

始終鍋をつつく腕と視界の入るものすべてを射抜くようなの視線のせいで甲斐甲斐しく鍋の世話をしていると錯覚してしまったのだ。 

 

このシーンで渡瀬恒彦が顔を上げ、視線を人物に向けるのはたった三度。いずれも兄貴分、新開にだ。最初の二度は金丸の言葉に新開がどう反応するか探るような視線。最後は土井組の残党に対して思わず腰を上げる新開を制する場面。

終始言葉を発せず、顔さえ上げず、ひたすら鍋をつついて第三者を決め込んでいる。それだけに兄貴分に向けたたった三度の視線は言葉よりも深く重く刺さってくる。

 

 

それにしても、鍋を見ながら新開の様子を窺い、さらに金丸のタバコに火を点けてあげるときの渡瀬恒彦の一連の動作の見事さはどうだ。

 

 

さて。相撲の世界にちゃんこ番という言葉があるように、本来鍋の世話は下っぱがやるものである。決してお奉行様がする仕事ではない。

また、相撲の世界に詳しくはないが、ちゃんこ番の力士が鍋を見ながら上役である関取に向かって気軽に話しかけたりするとは思えない。ただひたすら先輩、上司の機嫌を窺いながら鍋に注意を払っているに違いない。

そういう意味で鍋を前にしたときの有田の姿は理想の鍋奉行といえるだろう。

 

 

渡瀬恒彦が鍋奉行をしている作品は『仁義なき戦い』だけではない。

1974年公開された『山口組外伝 九州進攻作戦』である。

役どころは九州出身のチンピラで、パチンコ屋でのイカサマ行為が発覚するやパチンコ台を破壊、店を仕切るやくざたちに囲まれてもアイスピック一本で向かって行く突破モン、古田憲一。

結局リンチにあった挙げ句川に放り投げられたところを同じ九州モンのよしみから菅原文太扮する夜桜銀次に拾われる。

 

その晩、文太とその奥さんである渚まゆみと一緒にすき焼きをつついている渡瀬恒彦。

仁義なき戦い』での有田同様、ひとりがつがつと鍋を口に運んでいる渡瀬だが、ここでは手ぬぐいを頭に巻きながら文太の奥さんで身重の渚まゆみに肉をよそったりしてちゃんと鍋奉行としての仕事も行っている。

 

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台詞は過去を訊かれぽつりぽつりと答えるところくらいしかないが、ふと見せるこぼれるような笑顔からもいい兄貴と姐さんができたよろこびが伝わってくる。

 

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かつて渡瀬恒彦は日本一「鉄砲玉」役が似合う役者だった。

鉄砲玉役に共通しているのは、捨て犬のような境遇と一度惚れ込んだ飼い主にはとことん付き従う純な性格。

彼の鉄砲玉役は役づくりを超えた天性の素質といっても過言ではない。その根っこには彼の子分気質というより、生まれながらの宿命であり拭いきれない「弟気質」があると思う。

 

 

彼の兄は言わずと知れた俳優・渡哲也。

 

5年前、渡瀬恒彦は兄とTBSドラマ『帰郷』40年ぶりに共演を果たした際、役者・渡哲也についてこのように語っている。

「僕から見たら、兄貴程度の芝居しかできなかったら、とっくに消えていただろうなと。兄貴は下手ですね」

www.sponichi.co.jp

 

 

どちらも還暦を過ぎ、自らも兄に勝るとも劣らない経歴と評価を築いてきた大俳優なのにこの大人げない発言。もちろん冗談まじりだが、そのなかには本心も多分に含まれていたと思う。

 

ぼくにも渡瀬恒彦同様、兄がひとりいる。

弟が抱く兄への感情というのは複雑だ。

親や周りからはいくつになっても兄と比べられ、自分が歩いているレールなのに常に兄の足跡を意識してしまう。

これはぼくの話で恐縮だが、 ぼくは兄弟は兄ひとりだが、一応末っ子である。それに、家族構成は両親に兄、祖父母、ひいばあちゃんの7人家族。自分の下には飼い犬しかいないという環境が長かったせいか、いまでは兄の子どもだろうが10コ以上年の離れているバイト仲間だろうが自分より末っ子特典を得るヤツは許せない。斜め下から無理矢理潜り込んでもっとも居心地のいいポジションを得る処世術を身につけてしまった。

 

話を渡瀬恒彦に戻す。

兄と同じ職業、役者の道に進んだのなら弟の葛藤はなおさら深かっただろう。

渡瀬恒彦が東映にスカウトされた1969年当時といえば、兄・渡哲也は日活の看板スター俳優。

いくらスター俳優の兄を持つとはいえ、実力がすべての映画界にあっては血筋など威光はおろか逆光にはたらくことのほうが多いはずだ。

事実、目黒祐樹松方弘樹の弟)にしろ矢吹二朗千葉真一の弟)にしろ、残念ながら兄以上に活躍したとは言い難い。

 

兄の背中を振り切る。その思いこそが渡瀬恒彦をオートバイからバスに飛び移らせ、ジープの下敷きになるほど体を張らせてきた原動力だったのではないだろうか。

それは春日太一さんが紹介していた渡瀬本人の「俺にはこれしかないんだよ」という発言からも窺える。

だからこそ40年ぶりに兄弟共演を果たした際に語った「兄貴程度の芝居しかできなかったら、とっくに消えていただろう」という発言は紛れもない本心なのだ。

そして、体を張ることこそが魔物たちがうろつく映画界で弟なりに身につけた渡瀬恒彦の処世術でもありシノギ方でもあったのだと思う。

 そのシノギ方が鉄砲玉として鍋奉行としてのリアリティを持たせているのだ。

 

 

 

競演には40年の月日が必要だったが、1995年、渡哲也、渡瀬恒彦の兄弟は阪神大震災の被災地で炊き出しを行い、被災者に手づくりの焼きそばを振る舞っている。

 

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