実録!サクラを見る会〜代理出席バイト体験ルポ(後編)

 (前編はこちら

 月曜朝とはいえ、京葉線の下り電車は十分空いていた。

 きのうに続き、結婚式のサクラ2Daysの2日目である。

 昨夜、H市から電車を乗り継いで帰宅したのは0時を過ぎ。それから代理出席業者からやっと送られてきたスピーチ原稿に目を通して、布団に入ったのは明け方近くだった。さすがに連日の長距離の移動はこたえる。

 座席に腰を下ろし、改めて本日の依頼内容を確認する。

 依頼主は、新郎の谷本拓海(仮名)・30歳。職業は美容師だ。招待者側でわれわれの存在を知るのは彼のみである。

 先日の代理出席業者Bとの面談時には「新郎の友人役」としか決まっていなかったわれわれの役柄だが、どうやら依頼主との綿密な打ち合わせの結果、「大学時代のフットサルサークルの友人」に落ち着いたようだ。依頼主の「大学に3年まで在籍して中退」という経歴から導き出したのだろう。

 依頼主の年齢はぼくより4つ下だが、大学のサークル仲間なら許容範囲だろう。少なくとも、美容師仲間よりは「ぽい」役柄に思う。

 依頼主のプロフィール欄には、式中は大学時代の愛称である「タク」と呼んでください、とある。よっしゃ、任せとけ。

 気になるのは、タクがB社に依頼してきた友人の数である。その数、20人。最初に依頼内容を聞いたときは、普通の勤め人が参加しづらい月曜日がその理由かと思っていたが、それにしたって20人は多すぎる。

 全80名出席の式ということなので1/4がサクラだ。フットサルチームどころか、田舎の分校なら全校生徒の数である。

 人数が多いため、本日われわれサクラは10人2チームに分かれて行動し、披露宴では10人掛けのテーブル2つを占拠するという。

 われわれサクラに渡るギャラは1人7千円なので、依頼人は代理出席業者に1万円〜2万円は払っていると思われる。それが20人分ということは、最低20万円、最大で40万円の出費である。

 

 電車を降りると外は生憎の雨模様だった。

 待ち合わせ場所である駅前ホテルのロビーには、いかにもこれから結婚式に出席する格好をした男女数人がぽつりぽつりと一定の間隔を置いて立っていた。ほぼ間違いなく同業者だと思うが、まさかこちらから「サクラの方ですか」と聞くわけにもいかない。まちがっていた場合、取り返しのつかないことになりかねないからだ。

 本日の引率役であるB社の田村氏の姿が見えたところで、やっとロビーを覆っていた緊張が解けた。やはり、周りの男女は皆、同じチームのサクラたちだった。

 田村氏から空のご祝儀袋を受け取り、チームごとにシャトルバスに乗り込む。

 バスの中から歓声が上がる。式場はアメリカ西海岸風の、それはそれはオシャレな建物だった。

 式場に到着し、受付で芳名帳に各々与えられた名前とウソ住所を記し、空のご祝儀袋を渡す。のちに田村氏に聞いたところ、この受付スタッフ2人もサクラだったという。ご祝儀袋が空だったのはそういうことだったのか。

 挙式時間までロビーで昨夜送られてきたスピーチ原稿に目を通す。

 きのうに続いての大役だが、まったくといっていいほど緊張していない。本番では原稿を見ながらのスピーチでも構わないということなのでむしろきのうより気楽である。

 ただ、大いに不安だ。田村氏が送ってきたこのスピーチ原稿の内容にだ。

 おそらくこの原稿は田村氏が依頼人から大学時代のエピソードを聞き出した上で作成したのだろう。その箇所が特にヒドいのだ。

“タクとはお互い社会人になってからは会えなくなってしまって、今日久しぶりに会いましたが、昔は細くて一番のイケメンでした。

 目鼻立ちがはっきりしているので学園祭の時の女装コンテストでは見事にタクが優勝を果たしました。女子だけではなく、男からもモテモテで、よく道で男からナンパされていたほどです。

 あ、あと大学時代の屋上でのエピソードがあるのですが、ここでは言えないので違う形で言いたいと思います”

 葬式の弔辞とまちがって送られてきたのかと思った。

 なんだろう、この着地点の定まっていない文章は。これをそのまま読んだら事故になりかねないレベルである。だが、本番で勝手に内容を変えたりしたらあとで田村氏に叱られるかもしれない。この局面を乗り切るにはどうしたらいいのだろう。

「もしかして、スピーチするんですか?」

 原稿を手に頭を抱えていると、同じチームの女性のサクラが話しかけてきた。

「それがまったく緊張しないんですよ。余興でカラオケを歌ったきのうの結婚式のほうが緊張しました」

 その言葉を聞いた別の女性が会話に割り込んできた。

「昨日も別の友達の結婚式だったんですか? 珍しいですけど結婚シーズンですもんね」

 ぼくの発言が代理出席業の規約である秘密厳守に觝触していると釘を刺し、会話を繕ったつもりなのだろう。

(こっちはちゃんと他の出席者との距離を考えて話してるんだよ。お前は学級委員か)

 意識の高すぎるサクラにムッとしながらもとりあえず話を合わせておく。今日は出席者だけでなく、同業者にも注意したほうがよさそうだ。

(4)

 挙式はオーシャンビューのチャペルで行われた。

 いよいよ、ぼくらの依頼主である新郎の入場である。

(自分の結婚式にサクラを20人も動員する男とは一体どんなヤツだろう)

 職業が美容師ということでチャラい感じの外見を想像していたのだが、依頼人は緊張と喜びが入り交じった誠実な顔をしている。

 結婚指環の交換、宣誓などが済むと挙式後には会場外でブーケトスが行われた。依頼メールにあったように積極的にブーケトスに参加する女性のサクラたち。タイトで生地の少ないドレス姿の女性を見るのも結婚式における楽しみのひとつである。

 披露宴会場に移動し、サクラ一同、新郎友人席に着く、ぼくの隣は代理出席業者の田村氏だった。

「きのうの結婚式はどうだった」

 声を潜めて田村氏が聞いてきた。

「青山さんが歌が上手くて助かりました」

「青山君ねえ。彼は問題児だから、ちょっと心配だったんだよ。前の結婚式では飲み過ぎて吐いたことまであってさ」

 やはり問題児だったか。ゲロ事件はテーブルが会場の隅の方だったことが幸いして大事にならずに済んだらしい。

 きのうと同様、乾杯発声は新郎の上司だ。マイクの前に立つや、お辞儀をしながらマイクに頭を「ゴンっ」とぶつけるビートたけし風ギャグをかました。この上司のおかげで披露宴は終始和やかな空気で進行していった。

 全80名出席の規模もそうだが、この披露宴会場やプログラムひとつひとつの演出を見てもきのうのHでの結婚式に比べるとカネがかかっていることが分かる。

 たとえば、ただのオードブルに「サーモンの軽い薫製と天使の海老のマリアージュウイキョウのタブレ、オレンジの香りを添えて」という名前をつけたり、いちいち洒落臭いのだ。

 また、新郎新婦が美容師をしているからか、お色直しが2回もあった。

「本日の新婦様のヘアメイクは新郎様自らが手がけられたものです」

 司会者の説明に同僚の女性陣も「ステキ〜」「いいなあ」と歓声を上げる。新郎新婦がお色直しから戻ってくるたびに高砂に出向き、記念写真を撮るサクラ一行。本日、サクラ全員に与えられた任務はこの記念撮影くらいだ。

 なるほど。男にとって結婚式とは自分のためではなく嫁さんを満足させるため、と聞いたことがあるが、依頼人にしてみれば、われわれサクラの存在というのは、オーシャンビューのチャペルや2回のお色直しと同じようなものかもしれない。嫁さんを満足させる結婚式を演出するためには20人の友人役というキャストがどうしても必要だったのだ。

 ただ、友人代表スピーチという大役までサクラに任せるということは、依頼人にはこの中に本当の友達と呼べる人間はひとりもいないのかもしれない。なんという孤独だろう。

 宴中、新郎新婦の誕生から馴れ初めまでを思い出の写真で構成したムービーが流れた。当然、われわれサクラは一瞬たりとも登場しなかった。

 同業者しかいないテーブルとあって周りに気を使うことなくタダ飯とタダ酒を楽しむサクラたち。ぼくも牛フィレ肉のステーキには赤ワインをリクエストする余裕ぶりである。

 それでも一度だけわれわれのテーブルに緊張が走った瞬間があった。新郎の母親がお酌に回ってきたのだ。

 新郎母親の「こちらの方々はどういった関係だったかしら?」という問いかけに、サクラのひとりが「大学時代のサークル仲間です」と返す。

「そうだったの。あのコったら大学時代のことは何にも話さないから、友達がいたなんて知らなかった。今日はありがとうございます」

 目を潤ませながら息子について話す母親の姿に胸が熱くなった。

 新郎新婦が最後のお色直しを終えて再入場すると、いよいよぼくの出番がやってきた。

「ではここでお祝いのスピーチのお時間です。まずは新郎様の大学時代のご友人、○○様でございます」

 サクラたちの「がんばれー」という声を背に受けステージに向かう。

 新郎新婦に深々と頭を下げ、続いて正面を向き、マイクに頭をゴンっ!

 どっと湧く会場。すかさず新郎上司から「パクったな!」というツッコミが入る。

 スピーチ自体は正味3分ほどだったろうか。その後は笑い声がくすりとも起こらなかった。

 テーブルに戻ると、田村氏が「まさか、やるとは思わなかったよ」と笑いながらビールを注いでくれた。「なんで友人代表のスピーチがぼくになったんですか?」と聞いてみると、新しくスピーチできる人を育てたかったら、という答えだった。

 ステージに目をやると、ぼくの次に登場した新婦側の友人までもが「お辞儀しながら頭をマイクにゴン!」をしているではないか。

 新郎上司から始まったギャグリレーだったが、ぼくが間に入ってやらなければ3連発はなかったはず。司会者からも「新郎新婦共に愉快なご友人でございました」とお褒めの言葉をもらい大満足である。

 

 披露宴はいよいよクライマックスへ。新婦が両親への感謝の手紙を読み上げる場面では会場からはすすり泣きが漏れ出した。横を見ると、同じテーブルのサクラたちまで泣いているではないか。

 実はこの時ぼくも少しうるっと来ていていたのである。特に、新郎新婦が両親に生まれたときの体重と同じ重さのウェディングペアをプレゼントする演出なんて、誰が考えたか知らないが掛け値なしに感動モノである。

(あれほど嫌っていた結婚式で感動してしまうなんて。しかも赤の他人の)

 いや、赤の他人の結婚式だからこそ余計な情報や思い入れなしに、まるで映画を見るように素直に感動してしまうのかもしれない。会費タダだし。

 披露宴は依頼人の誠意溢れる謝辞で締められた。出口で出席者を見送る依頼人に「おめでとう!」と声をかけると、「マジで助かったよ。ありがとう」という言葉が返ってきた。

 式後は再び駅前ホテルのロビーに集合した。田村氏がサクラ全員から席次表と名札、引き出物から足がつくカタログギフトを回収し、バイト代を支給して解散となった。

 それにしても、新郎は2次会に20人の友人たちが一人も出席していないことをどう説明するのだろうか。もしかしたら2次会には別の会社のサクラが?

(了)