パフォーマーとしての生駒里奈、と三船敏郎
ぼくが映画界でいちばん好きな俳優が、三船敏郎である。これは中学時代に黒澤映画にハマって以来、変わっていない。
三船の演技には(特に黒澤作品においては)、照れや遠慮がまったくない。 映画におけるルールやお約束などお構いなしに、走り、吠え、泣き、斬り、肩でぜいぜいと息をしている。
三船を自身の戦後からの作品のほとんどにおいて主役として起用した黒澤明監督は、彼の俳優としての魅力を次のように語っている。
「三船は、それまでの日本映画にはない、類まれな才能だ。ともかくそのスピード感は抜群だ。普通の役者が10フィートで表現するところを、三船は3フィートで表現してしまう。しかも驚くべき繊細さと感覚を持っている。めったに役者に惚れない私も三船には参った」
(黒澤の自伝「蝦蟇(ガマ)の油」より)
ぼくはこの賛辞を、乃木坂46の生駒里奈にも送りたい。いや、ぼくなんかより、これまで一緒に生駒里奈と仕事で関わったクリエイターの言葉を並べたほうがご納得いただけるだろう。
最終的にオーディションで選んだ3人はもちろんですが生駒さんも、とても魅力的でした。一人だけ他の方とは違う印象を受けました。瞬発力も良かったです。
生駒ちゃんは本番で火がつくと印象がガラっと変わりました。表情がころころ変わるので、撮っていてすごく楽しかった。
(「シャキイズム」MV監督・柳沢翔)
とにかくすべてにおいて彼女は速かったです。楽曲を元にダンスの振り付けを考える、衣装を決める、そして本番で踊る、すべての課程において誠実に悩み、答えを見つけ、スピーディに実行に移してくれました。こっちが何も言わなくても彼女は勝手に障害を見つけて乗り越えて行こうとする。誠実な成長力によるものだと感じました。
(「ガールズルール」収録個人PV「生駒里奈、踊る」監督・熊坂出)
飲み屋街というアイドルとはかけ離れた空間で絡まれたりしながらも全く動じず、オレンジジュースを一気飲みする生駒の姿を見て、作品に入り込む集中力の高さが印象に残りました。
(「夏のFree&Easy」MV監督・丸山健志)
生駒さんは本番直前まで場を和ませていても、本番はスイッチを切り替えており、女優さんだなと思いました。
(「太陽ノック」MV監督・三石直和)
18人を撮影した時間と場所、全てに印象的なエピソードがありました。特に生駒さんのダンスはカットの声がかけられなかったです。
(「羽根の記憶」MV監督・岡川太郎)
すべての発言の出典元は『『MdN 乃木坂46 歌と魂を視覚化する物語』』より
黒澤明の三船敏郎評、乃木坂46の作品に関わったクリエイターの生駒里奈評で共通しているのは、「スピード感(瞬発力)」だ。
ぼくは表現におけるスピード感というのは、単にA地点からB地点までを移動する距離のことではないと捉えている。最短時間で表現を受け手に届けることのできる能力のことだ。
そのような表現を可能にするには、表現ひとつひとつに意味、物語性を帯びていなければならない。
乃木坂46のファンブログ「ノギザカッション!」で過去2回、「ダンスNo.1は誰だ!」アンケートが行われたことがある。生駒里奈は1回目・2位、2回目・3位という結果だったが、順位以上にその投稿理由が興味深かった。いくつを引用する。
「ダンスというか、舞というか。ふっと吹くと飛んで行ってしまいそうな軽やかさと、指先まで魂がこもっている事、歌詞の中を生きる表情等の総合力で判断しました。」
「元気な青春系からかっこいい系、清楚な振り付まで楽曲にあわせた豊かな表現力で人の心を動かすダンスだと思います」
「曲調等をよく理解して場面に合った振りや表情をしていると思う。」
「指先まで意識が通っていて美しく楽曲に映えるダンス」
「ダンスに心が宿っている。いつも何者かになりきろうとしている」
引用元→
PASSPO☆やHKT48、NGT48などの振付けを担当している竹中夏海氏は、「生駒さんのダンスにはウソがない」と語ったというが、「ノギザカッション!」のコメントにもあったように、生駒里奈のダンスは表情から関節の動き、ぴんと伸びた指先に至るまですべての動きが表現となっている。
ひとつ代表例をあげると、16枚目シングル「サヨナラの意味」MV。
MVがフイルムの尺にして何フィート回したのかは知らないが、界隈にしか通じない楽屋ネタとメタファーで構成されたMVに比べて、生駒里奈のパフォーマンス一発が見せた密度の濃さは比較にもならないほどだった。
生駒里奈は、ぼくにとって三船敏郎以来、20年近く経って自分の目の前に現れた贅沢な一瞬を与えてくれるアクターだ。
めったに年下に惚れない私も生駒には参った。