共犯者たちにはタバコがよく似合う(ドラマ『青い鳥』、映画『風立ちぬ』、アニメ『ルパン三世』より)

 1997年10月に放送開始されたTBS系ドラマ『青い鳥』。当時中学生だったぼくはリアルタイムでこのドラマを見ていた。第2話終盤の場面に印象に残っているシーン、というより会話がある。
 結婚以来、束縛する夫と自分を息子の高いオモチャにしか見ていない舅との暮らしに息苦しさを感じていた「かほり」(演・夏川結衣)はある晩、娘の詩織と仲の良い“駅長さん”「柴田理森」(演・豊川悦司)の夜勤現場を訪ねる。
 慣れない土地でやっと心が落ち着く場所を見つけた夏川は豊川にどうして駅員になったのかを訊ね、自分はこれまで同じ場所を「行ったり来たり」する人生だったと話し始める。
 おもむろにバッグからタバコを取り出す夏川。彼女がいつもタバコを吸っているのは夫や舅、娘の姿がない場所だ。夏川のタバコに気づいた豊川は彼女の手元にスッと灰皿を差し出す。
夏川「よそう。駅長さん、タバコ吸う女なんて嫌いでしょ?」
豊川「いやオレ、そういうのないですから。オレも吸うし」と。胸ポケットから自分のタバコを出して火を点ける。

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トヨエツはこのドラマ放送当時30歳。色気が全身からほとばしっております

 

「オレも吸うし」
『青い鳥』を見て以来、ぼくはこの台詞を意中の女性に言うタイミングをうかがっている。しかし、20年以上経つのにいまだそれは果たせていない。なぜなら「タバコ吸う女なんて嫌いでしょ?」とパスを出してくれる相手が現れないからだ。
『青い鳥』ではこのあと、豊川の“夢”についての会話が続く。
「詩織ちゃんとあなたがこの町で笑って暮らしてくれることかな。この町で幸せになってください」
「この町で。この町でなきゃダメ? ねえ駅長さん、この町から私を、連れ出して」
 この言葉を機に二人の運命は転がり始めるのである。


 最近、『青い鳥』の喫煙シーンに似た場面が登場する作品を最近見た。宮崎駿監督作の『風立ちぬ』(2013年公開)だ。
 太平洋戦争前夜。戦闘機の設計士・堀越二郎と、結核を病みながらもサナトリウムを抜け出し二郎との結婚生活を送ることを選んだ妻の菜穂子。二郎は会社だけでなく帰宅してからも病床の菜穂子の隣で新たな戦闘機の設計に没頭する。
「手を貸して」とせがむ菜穂子の手を左手で握り、右手だけで図面を引き、計算尺を操る。
 一息ついたところで、二郎は「タバコ吸いたい。ちょっと離しちゃダメ?」と菜穂子に訊く。
「ダメ、ここで吸って」
 二郎は菜穂子の気持ちを受け入れ、彼女の手を握りながら紫煙を吐き出す。

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このシーンのカメラアングルはなんとなく小津安二郎作品をほうふつとさせる。小津映画一本も観たことないけど

 

 これまでの宮崎駿作品の中でも、いや、過去の日本映画史の中でも屈指の愛を表現した場面だと思う。
 繋がれた菜穂子と二郎の手、設計図に走らせる二郎のもう一方の手、そして二郎の口から吐き出される煙。このつながりはいずれは空を駆けるゼロ戦へと結実するのだが、同時に体を流れる血や生命の連鎖といったものも連想させる。


 一方でこの場面について、映画公開当時、「肺を病んでいる妻の横でタバコを吸うなんて…」と拒絶する観客が少なからずいたそうだ。
 たぶん、そういう人は映画を観てないかおそろしく読解力がない人なのだろう。二郎は一度は妻の病状を慮り、その場でタバコを吸うのを躊躇っているではないか。それに、二郎のタバコの煙と同様、菜穂子も結核をうつすかもしれない。お互い覚悟の上で一緒に生きることを選んだのだ。
 この場面以外にも、『風立ちぬ』には喫煙シーンが多すぎる、と日本禁煙学会なる団体がクレームを入れてきたらしい。いやいや、松本清張市川崑ならあの千倍吸ってるって。


 そういえば、宮崎駿演出ではないが、アニメ『ルパン三世』には、パート1「脱獄のチャンスは一度」、パート2「荒野に散ったコンバット・マグナム」、映画『ルパンVS複製人間』などなど、ルパンと次元のイカす喫煙シーンが数多くある。鉄格子越しでもカーチェイス中でも、二人のタバコのタイミングが狂うことはない。

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映画『ルパンVS複製人間』のカーチェイスシーン


『青い鳥』の豊川悦司夏川結衣。『風立ちぬ』の二郎と菜穂子。ルパンと次元。共犯者たちにタバコはよく似合う。


 最後に。
「タバコ吸う女なんて嫌いでしょ?」
 そう言ってくれる相手はなかなか現れないが、ハタチ前後に付き合っていた彼女とお茶をした時の出来事を。
 喫茶店の席に着いたぼくは、いつものように席に座るやタバコに火を点けた。すると彼女もバッグから細長いタバコとライターを取り出した。
 タバコを吸う人じゃなかったので、「それ、どうしたの」と訊くと、「ボニー君がタバコを吸っている姿があんまりにも美味しそうだから、私も吸うことにした」とのこと。
 体質的に合わなかったのか、すぐにやめてしまったようだが。
 家族や周りの人のためにタバコをやめられる人はエラいと思う。でも、好きな人と同じものを共感したいからとタバコを吸いはじめた彼女のことはもっと尊敬する。そして「この人が禁煙して」と言うのならタバコをやめてもいいかな、とそのとき思った。