サウスパークが描いてきたアメリカ大統領選⑤2016年トランプ対ヒラリー・クリントン

 前回、前々回同様、大統領選挙の翌日の2016年11月9日に放送されたシリーズ20・エピソード7「Oh,Jeez」は、タイトルがそのまま製作陣の気持ちだったろう。日本語にすると「マジかよ…」だろうか。

 

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 もともとこのエピソードには「The Very First Gentleman」という大統領選でヒラリー・クリントンが勝つことを前提にしたタイトルがつけられていた。トランプ勝利によってエピソードの大幅変更を余儀なくされた製作現場の混乱ぶりはそのままエピソードの出来に現れている。

 放送されたエピソードにはファースト・ジェントルになる予定だったビル・クリントンが登場するシーンも残されており、その箇所が余計にストーリーを混乱を招くことになった。

 

 サウスパークファンの間でもこのシーズン20の評判は悪い。
 大きな理由としては、従来の一話完結ではなくシーズンを通しての連続モノにしてしまった、トランプネタに固執しすぎた、というのが挙げられる。トレイ・パーカー、マット・ストーンら製作陣もそのことについては認めており、シーズン終了後に次のように語っている。

「『サタデー・ナイト・ライブ』と同じ罠にはまってしまった。まるで『我々がトランプをどう斬るか、お楽しみに』と煽るCNNみたいになっていた。僕もマットもそういうのが嫌いだったのに」

forbesjapan.com

 

 この発言からもわかるように、トレイ・パーカーもマット・ストーンも、サウスパークの作り手という立場においてはリベラルでも保守でもない。イデオロギーに対して過剰に支持し、持ち上げ、反応するどちらの人々を並列にコキ下ろしている。

 

 シーズンを通したストーリーにするためにプロットを複雑化してしまったことも破綻の理由のひとつだろう。
“メンバーベリー(懐古趣味)”と“ネット荒らし”という2つの大きなサブプロットは、どちらも本流の大統領選に中途半端に絡んだままでシーズンを終えてしまった。
 シーズン終盤は製作者自身が着地点を決めかねている印象も受け、大統領選挙の勝敗を反映させたエピソード7を書き換えることによってその破綻は決定的となった。

 シーズン20で大統領選挙はどのように描かれたのか振り返ってみる。

 

 小学校教師、ギャリソン先生が政治活動を始めたのは前シリーズ19のエピソード2「Where My Country Gone?」からだった。サウスパークにポリコレ旋風が吹き荒れる中、ギャリソン先生は増え続けるカナダからの移民に業を煮やして「移民を全員ハメ殺す!」という公約のもと立ち上がる。
 もちろん、このギャリソン先生の行動は2015年6月に大統領選挙に共和党候補として出馬することを表明したドナルド・トランプがモデルだ。

 

 シーズン20で描かれるアメリカではあらゆる関係、あらゆる場所で分断が進んでいた。
 白人対非白人はカートマンの“TOKEN LIFE MATTER (トークンはサウスパーク唯一の黒人男子生徒)”と書かれたTシャツに、女性の男性上位社会への反発は“Skankhunt42”という人物によるネット上で女性をバカにする荒らし行為とそれに抗議してバレーボールの試合前の国歌斉唱で起立しない女子生徒たち、といったシーンに描かれている。

 

 一方、「移民を全員ハメ殺す!」という政策ひとつで国民の分断を煽ってきたギャリソン先生は選挙前の世論調査でヒラリーに10%近い差をつけるほどに支持者を増やしていた。
 その裏には、“メンバーベリー”という人々を懐古趣味にしてしまう果物の暗躍があった--。この辺は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』とほぼ同じである。

 

 大統領就任が現実味を帯び始めてギャリソン先生は途端に怖じ気づく。
ホワイトハウスを牛耳って私は何をすればいいんでしょう?」「私たちは無政策のままホワイトハウスに突っ込むんですか?」
 かつての「就任1年目にはメキシコからの移民をはじめシリア難民、北朝鮮の首脳、麻薬の売人、広告業界など約760万人をハメ殺す!」という発言すら撤回するほど弱気になる。
 なんとしてでもヒラリーに勝たせるような選挙活動を展開し、選挙前最後のスピーチでは「私に投票しないでください。そして世界にスター・ウォーズの新作は微妙だったと示すのです。ヒラリーへのすべての票は『あの映画はただの同窓会だった』という意思表示となるでしょう」と国民に訴える。

 

 そして問題のエピソード7「Oh,Jeez」は、トランプ勝利という結果を受けて製作陣が土壇場で差し替えたであろうギャリソン先生の勝利演説シーンから始まる。
「人々は決めました。J・J・エイブラムススター・ウォーズの如くこの国をまた偉大にすると。では始めましょう。全員ハメ殺しです!」

 

 大統領選を終えたシーズン20はこの後、デンマークが開発した荒らし対策のネット履歴晒しシステムを阻止するため(大統領になったギャリソン含めた)サウスパークの住民が協力する、というストーリーになるのだが(※)、そのきっかけを作ったのが大統領選に負けたヒラリーというのがイマイチわかりにくい。ヒラリーはこの後一度も登場しないままシーズンから退場するし。
ノルウェーデンマークに伝わる妖精「troll」と英語でネットを荒らしを意味する「troll」がかかっている。

 

 では、放送直前で差し替えられたヒラリー勝利を描いた「The Very First Gentleman」だと話の展開がもう少しすっきりしていたのだろうか。

 

 2016年の大統領選ではヒラリーを不利にするさまざまなフェイクニュースが流れた。例を挙げると、ヒラリーはISISに武器を売却していた、ヒラリーは70年代にオノ・ヨーコと恋愛関係にあった、などなど。
(余談→大統領選一週間前の10月30日には、ウィキリークスにヒラリー陣営の選挙責任者の私的メールが流出。このメールからヒラリーに近い関係者が人身売買や児童買春に関わっているとTwitter掲示板に書き込まれ、これを信じた男による発砲事件まで引き起こした。ヒラリー落選に少なくない影響を及ぼしたこの疑惑は今ではフェイクニュースと結論づけられているが、最初のヒラリー陣営のメール流出はロシア情報機関によるサイバー攻撃と米政府は報告している)

 

 大統領選期間中、ヒラリーがフェイクニュースに頭を悩ませていたのはたしかで(その中にはトランプ発のものも多数にある)、サウスパークで男子と女子を分断させた荒らしの描写はこのフェイクニュースの問題を示唆しているのだろう。

 

 エピソード6の最後に勝利を確信するヒラリーのもとへ選挙ブレーンがネット荒らしに関する資料を持ってやってくるシーンがある。
デンマークのネット履歴晒しシステムの世界規模の運用は間近に迫っています。「そうなる前に荒らしの特定を止めなければ」「この人物はあなたの救世主になるかもしれません」

 

 フェイクニュースによって選挙活動を邪魔されたヒラリーがなぜ荒らしの特定を防ごうとしたのか?
 お蔵入りになったエピソードタイトルが「The Very First Gentleman」であること、放送された「Oh,Jeez」に登場したかつて不倫問題で騒がせたビル・クリントンの「妻を含めたすべての女はビッチだ」「女たちの男への復讐が始まる」という発言から推測すると、大統領選に勝ったヒラリーは自らが行っていた夫含めた男への復讐がネット履歴晒しシステムによって暴かれるのを恐れたのではないだろうか。

 つまり、幻の「The Very First Gentleman」は世界を荒らしとネット履歴晒しシステムから救ったのはクリントン夫妻の夫婦問題だった、というストーリーだ。

 それでもシーズン20がわかりにくいシーズンだったことは間違いない。