サウスパーク「Vaccination Special」の感想と考察※2021/3/18加筆修正

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 ギャリソン先生やQアノンについては他のかたにお任せするとして(あとで自分でも書くかもしれないが)、ここでは今エピソードで壊れてしまったスタン、カイル、カートマン、ケニーの友情(broship)についての感想と考察に絞る。

 昼休み、カートマンはスタンとカイルを呼び出して相談を持ちかける。
パンデミックは収まってきたけど、オイラたちの友情はギクシャクしてるような気がしてさ。友情のために何かしなきゃいけないんじゃないかってケニーが心配してるんだ。それで話しあったんだけど、ケニーがいいアイデアを思いついたんだ」
 そのアイデアとは、担任のネルソン先生のイスにケチャップを仕掛けて生理がきたように見せるドッキリだった。

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 見事ドッキリは成功し、カートマンとケニーは爆笑するが、ネルソン先生は「命がけで仕事をしているのにこれでも教師はワクチンを打たせてもらえないの?もう耐えられない!」と教室を飛び出し、学校を辞めてしまう。

 カートマンとケニーが仕掛けたドッキリは、これまでサウスパークが繰り返しやってきたさまざまな差別を取り扱ったジョークのように見える。ということは、4人が友情を取り戻す=サウスパークらしくあらゆる問題を笑い飛ばすという意味なのだろうか?
 一方、ネルソン先生はストレートすぎる女性差別的なドッキリを仕掛けた生徒を叱るのではなく、コロナのワクチンを打ってもらえない社会に対して怒りをぶつけている。

 学校を辞めたネルソン先生の代わりに担任になったのは、大統領選に落ちたギャリソン先生だった。ギャリソン先生が担任になるのは死んでもイヤな生徒たち。スタンたち4人はマッケイさんにどうやったらネルソン先生が戻ってきてくれるか相談する。ここでも4人(特にケニー)はまず友情が壊れてしまうのを気にしている。
 マッケイさんは生徒たちの友情やひどいドッキリにあったネルソン先生のことなどどうでもいいようだ。
「もうそんなことを言ってられる状況じゃないんだよね。ネルソン先生が戻ってきてくれる方法はただひとつ。ウォルグリーン(薬局)に忍び込んで教師全員分のワクチンを盗み出してくること」
 

 ネルソン先生やマッケイさんら教師たち(本来はこういった前時代的な差別行為を許さないキャラとして存在してるはずのPC校長含む)、そしてエピソードの最後に「力を持つ者」と取引したギャリソン先生からイスラエルのワクチンを与えられバカ騒ぎするサウスパークの住民たちは、ワクチンを打ってコロナにかからないことが最も大事なことであり、すべての問題はそれで解決すると思っているかのようだ。

 一方、スタン、カイル、カートマンはかつての友情がもう戻らないことを悟ってしまう。その姿は愛情の冷め切った関係の夫婦のようだ。ひとり、まだ友情を信じているケニーには悟られないよう、3人はローテーションを組んでケニーの世話をしていくことを誓う。

スタン「いいかお前ら、うまくやれよ」
カートマン「ああ、オレはもう新しくつるむヤツらを見つけたから」
 そこに通りかかったクライド、ジミー、デイビッドはカートマンをカサボニータ(子供たちに人気のレストラン)に誘う。
「カサボニータだって!?もちろん行く…ちくしょう、週末はケニーの世話があるんだった!」

 

「Vaccination Special」の4人の姿を見てまず思い出したのはs15e7の「You're Getting Old」だ。

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※「You're Getting Old」について書いた記事

「You're Getting Old」では自我の成長に悩むスタンと、いつまでもバカをやり続けるスタンの父親ランディと「もうあなたにはついていけない」と嘆く妻シャロン破局が描かれた。
 親友・カイルとの友情を精算してまで新しい価値観と新しい関係を求めて前に歩み出そうとしたスタンだったが、ランディとヨリを戻したシャロンは息子をこのように教え諭す。
「ランディと話し合って子供たちにとって何が一番いいか分かったわ。人は年をとるものよ。あなたにもいずれ分かるわ、一番大事なのは続けることだって」

 愛情ではなく、子供たちのために夫婦関係を続けることを選んだランディとシャロン
 では、「Vaccination Special」のスタン、カイル、カートマンが失った友情が意味するものとは、今後はローテーションを組んでケニーの面倒を見ていくとはどういう意味なのだろうか?

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 おそらく、ケニーが意味しているのは、これまでサウスパークが扱ってきた人種差別や男女差別、政治、宗教、貧富といったアメリカが抱えている問題だ。カートマンはワクチンを手に入れた後、ネルソン先生に次のように弁解している。
「ワクチンを手に入れたので明日学校に戻ってきてくれませんか。あのドッキリは俺たちのせいじゃないんです。周りの男子たちに煽られたんですよ。生理をジョークにするなんて何歳だよ、って感じですよ」
「俺たちのやったことは不適切でした。女性の股から血が出るなんてジョークのどこがおもしろいんですかね。第一、そんなの差別的じゃないですか」
 カートマンが言うように、あのドッキリは2021年の今では見逃されない女性差別だ。そして、コロナ以前でも以後でも変わらずに社会に居座っている問題でもある。
「お前らのドッキリのせいでオレたちまで嫌われてしまっただろ!」とカイルに対して、カートマンは「お前はドッキリを知っていたのに止めなかったよな。沈黙は暴力だぞ」と繰り返す。
「沈黙は暴力=silence is violence」とは、昨年5月、黒人男性が警察官から暴行を受けて死亡した事件を受けてアメリカで起こったBLM運動のスローガンだ。

 ワクチンを与えられバカ騒ぎするサウスパークの大人たちのように、現実でもいつ収束するか分からないコロナ問題を目の前に、コロナさえなくなればすべての問題が解決するような世の中の気運と感覚に陥ってないだろうか。
 日本人にはアメリカの問題はいまいちピンと来ないかもしれないが、例えば東京オリンピックの問題を「コロナがなかったら」と単純化して考えることがもうできないのと同じような気がする。コロナがあってもなくても東京オリンピックは招致活動の頃から問題だらけだったし、アメリカもコロナ以前からトランプ政権を生み出しまう土壌を抱えていた。
 この原稿を書いている2021年3月18日にも、東京オリンピックの開会式で演出責任者の佐々木宏氏が女性タレントの渡辺直美氏をブタにする演出プランを考えていた、というニュースが報じられていた。
「渡辺直美をブタ=オリンピッグに」東京五輪開会式「責任者」が差別的演出プラン(文春オンライン)
 カートマンではないが、「いつの時代だよ」「それのどこがおもしろいんだよ」と言いたくなる。

 4人はワクチンを打ってバカ騒ぎする大人たちを横目に、別れ間際「これでこれで良かったのかもな」「ああ、これがいちばん良かったんだよ」と諦めにも似た会話を交わしている。
 それでも、スタン、カイル、カートマンは「ちくしょう、ケニーの世話があるんだった!」と帽子を叩きつけながらもケニーの面倒を見続けるようだ。

 クレイグが言うように、コロナ以前でも以後でも我々の周りには未だ解決されていない問題があり続けるのだ。

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