「乃木坂ドンジャラ放浪記~激闘バスラ篇」(『アイドルと文学 vol.2』掲載)
5月7日(水)、「文学フリマ東京」で販売された小冊子『アイドルと文学 vol.2』に「乃木坂ドンジャラ放浪記~激闘バスラ篇」という小説を寄稿しました。
ブログ向けに組み直した原稿を転載します。
「乃木坂ドンジャラ放浪記~激闘バスラ篇」
(一)
「ドン――」
私の「リーチ」にかぶせるように親の下家が牌を倒した。開局一局目の、しかもまだ三巡目だ。
「なぁちゃん、いくちゃん、生駒ちゃんの『歴代センター』か。二百十点だな」
まいやん推しの達さんが自分の手を崩しながらいった。
「——いや」と、私は先ほど捨てたばかりの を見つめなが
ら、しぼり出すように声をあげた。
「ノックだ」
そう、生駒里奈をセンターに、その両脇を西野七瀬、生田絵梨花で固めた乃木坂46の十二枚目シングル表題曲「太陽ノック」フロント中央メンバーだ。
「この役は役一覧には載ってないが、値段はいくらでしょう?」
下家が無表情でつぶやいたが、私に訊ねているのは明らかだ。
まだ耳には先ほどのライブで聞いた生駒ちゃんの煽りが残っている。バスラ三日目は太陽ノックでスタートしたのだ。
(ノックを、このタイミングで、しかも俺が打った生駒ちゃんで上がりやがった)
私は点数箱から四百六十点分のチップを奴の前に積んだ。
この点数は奴に対しての敬意ではない。あのときの推しの勇姿、会場の熱気、そして私自身の興奮を考えたらこの役に鼻糞みたいな点数を出せるか。
(二)
『乃木坂46 5th YEAR BIRTHDAY LIVE』の千秋楽を見終えるや、私は会場のさいたまスーパーアリーナから数分の場所にあった飲み屋に立ち寄った。
表の看板に「乃木坂ドンジャラあります」と書かれていたからだ。
乃木坂ナンバーが流れる店内はすでに推しタオルを首から下げた乃木ヲタで満席状態だったが、奥のドンジャラ用の個室に先客は二人しかいなかった。
「どうぞお手柔らかに」といいながら、私も生駒里奈と書かれた推しタオルを首に下げた。私の上家に座っているのが白石麻衣推しの達さん、対面が伊藤万理華推しの鎌田さんというかたで、二人は顔見知りらしくバスラには連番で入ったらしい。
三人でビールを飲みながらバスラの感想で盛り上がっていると、しばらくして齋藤飛鳥の推しタオルをかけた青年が入ってきた。
年に一度の祭であるバスラ直後というのは乃木ヲタの誰しもが一様に浮かれ高揚しているものだが、人見知りなのか、その青年だけやけに口数が少ない。卓についてから発したのは「名前は三井といいます。飛鳥推しです」と「終電が早いンでゲームは東風戦一回のみでお願いします」だけだった。
面子がそろったところで、さっそく使用するメンバー牌の選別に入った。
「俺の二推しはななみんなんだけど、やっぱもう外すべきだよな」
達さんが をつまみながらさびしげにつぶやいた。
「まいやん推しの達さんにしてみたら御三家や孤独兄弟の役を狙いたいところでしょうが、一日目の卒業公演を終えた時点でもうななみんの牌は使うべきではないでしょうね」
鎌田さんが慰めるようにあとを引き継いだ。
四人の希望を取り入れた結果、次のメンバー牌に決まった。
「おいおい、選抜メンバーの中でもフロント常連がほとんじゃねェか。俺ァ、こんな豪華メンバーで打ったことねェよ」
さきほどの感傷はどこへ行ったやら、達さんが口笛を吹きながらいった。
「たしかにスゴいメンバーですね。生生星、温泉トリオ、92年組、咄嗟、Threefold choiceまである」
鎌田さんが指を折りながら同意した。
たしかにその通りだが、私はメンバーよりも、三井が希望したメンバーが推しの飛鳥ひとりのみだったのが気になった。
「その代わり」と青年がいった。
「ヤミテンあり、というルールを採用してくれませんか」
通常、ドンジャラのテンパイはリーチが原則だが、今回の面子は皆ドンジャラ経験者ということでこの主張はすんなり通った。
(三)
そうして始まった一局目は、私の推しメンの放縦という結果に終わった。
(ヤミテンありにしたのは最初から狙っていたということか)
四百六十点というハンデ以上に、初回からこれほど大きなケチがついたのでは風向きを自分に吹かせるのは容易なことではない。当面優先すべきは、自分の上がりよりも奴をこれ以上調子にのせないことだ。そのためには誰かと手を組む必要がある。
「それにしても」と、私の思惑を他所に、達さんが洗牌しながら呑気な声を出した。
「最初に乃木坂ドンジャラなんてモンを思いついたのはどこのヲタなんだろうな。鎌田さん、知ってる?」
「聞いた話ではボニーなんとかっていう名前の生駒ちゃん推しらしいですよ。AKBドンジャラはあるのになんで乃木坂ドンジャラはねェンだ、ってことでAKBドンジャラの上にメンバーの顔画像を貼って自作したとか」
鎌田さんはかなりの事情通のようだ。
「いちばん苦労したのは、メンバー牌のグループ分けだったとか。AKBドンジャラの場合はチームA、チームK、チームBでメンバー牌の色が分けられているンですけど、乃木坂にはそういう大きなチーム分けってないでしょ」
「そういえばそうだな」
「なので、グループは年齢別に上から四つに分けることにしたそうです。現メンバーでいえば新内眞衣から高山一実までが赤色グループ、桜井玲香から伊藤万理華までが青色グループ、中元日芽香から川後陽菜までが黄色グループ、和田まあやから渡辺みり愛までが緑グループという今の形に」
「なるほどねェ。たしかに乃木の場合、年齢別がいちばん無難かも知れねエな」
「ええ。それにメンバーの代わりに使える“色別オールマイティ牌”の数が赤、青、黄が二枚に対して、緑グループだけが一枚なのは年少メンバーの数に合わせているとか」
「芸が細かいねぇ。関係なくすべてのメンバーに使える“乃木オールマイティ牌”の色が乃木カラーの紫ってところがまたニクいじゃねえか」
ふたりの会話の間に三井の三本場になっていた。
そして四巡目に三井が「リーチ」と静かにいった。
捨牌からは や青色グループ 辺りが臭う。おそらく、色別グループによる三色だろう。
にも関わらず、鎌田さんが捨てたのは だった。
鎌田さんだってドンジャラの初心者ではない。これ以上奴を調子にのせると取り返しのつかないことになることくらい百も承知だろう。にも関わらず危険牌を振ってくるということは――。
三井のリーチに対して私と達さんが現物でしのいでいるのを他所に、鎌田さんの捨牌はこんな様子だった。
間違いなく、推しメン牌 が絡むデカい手が入っているのだ。
さゆまりは確定だろう。そこにもうひとり誰を持ってくるか。黄色のオー
ルマイティ牌を切っているので、 を入れた温泉トリオは
薄い。咄嗟の か、それとも――。
次のツモ番。私はツモ牌を抜きながら同時に左隣の牌を手中に隠し持っていた牌とすり替えた。
あとは鎌田さんが贈り物を受け取ってくれるかどうかだ。
鎌田さんが私がすり替えた牌をツモり、納得したような視線を送ってきた。すかさず を捨ててリーチ。
そして、次の三井の打 を見て誇らしげに宣言した。
「ドン、です」
「環六か。鎌田さん、いい役上がったね」
達さんが手を称えるや、鎌田さんは恐縮しながら、
「飛鳥を入れた咄嗟と迷ったんですが、バスラ二日目の咄嗟に飛鳥はいなかったのを思い出したンです」
と返した。
「なるほどねェ。それにしても、この環六にしたって、ポニーなんとかが乃木坂ドンジャラ作ったときにはなかった役だろ。次から次にユニットができるンだからこの年になると新しい役なんか憶えきれないよ」
「いや、それが乃木坂ドンジャラのおもしろいところですよ。新しいユニットはもちろん、面子が納得する関係性がつくれればその場で新しい役が生まれるンですからね」
鎌田さんが照れくさそうな顔を私に向けながらいった。
(四)
オーラス。親番は私だった。
三井は環状六号線を振ってからもリズムを崩すことはなかったが、あのすり替え技でツキの風向きを鎌田さんと私に向けることに成功したようだ。
それでも点差は依然、三井のトップ。僅差で鎌田さんが二着。私と三井との差は約六百点と少々。
私がトップを取るにはあの役しかない。配牌はよくなかったが、私は最初から牌を山からガメてくるようにツモった。
十一巡目、私の手についに最後の が入った。迷わずリーチ。
その三巡後、三井がそれまでとは打って変わって大きく重い声を出した。
「とおれば、リーチ――!」
セオリーなら、役を考えず安手で終わらせてしまうところをリーチしてきたということは、捨牌からも奴の手はあの役しかない。推しの単メン、オール飛鳥だ。
(最後の最後に奴にツキが戻ってきたか)
このテンパイ、一見五分五分のようだが、色別オールマイティ牌が一枚多いこちらの方が有利だったのだ。にも関わらず真っ向から挑んで、張った。
(気合いでは完全に負けてたな――)
私と三井のリーチに、達さんはおろかトップ射程圏内の鎌田さんまでがオリてしまったようだ。ハンパな手で我々の勝負に水を差したくないのだろう。
そして、最後の乃木オールマイティ牌を引いたのは私だった。
私が倒した手を見て最初に声をあげたのは達さんだった。
「すげェ手だが、単メンの点数は六百点だ。トップには届かないぜ」
「いや――」と、三井が会場が青と紫のペンライトで染まったあのときの光景を思い出しているかのような表情でいった。
「なるほど、推しのサイリウムカラーとは気がつかなかったな。乃木オールマイティ牌の紫をそう使うとは――。今日の『水玉模様』、俺の目からも最高でした」
卓上では自らのサイリウムカラーのなかで私の推しが微笑んでいた。
(了)