サウスパークが描いてきたアメリカ大統領選④2012年オバマ対ロムニー

 前回同様、大統領選挙の翌日2012年11月7日に放送された「Obama Wins!」(シリーズ16・エピソード14)。長引く景気低迷から前回に比べて苦戦が予想された対ミット・ロムニー戦だったが、サウスパーク製作陣がオバマ勝利という読みに自信を持っていたことが窺えるストーリー構成となっている。

 

 今回のストーリーはほぼメインプロット1本で進む。オバマ再選の裏にはカートマンの暗躍、その裏には大統領選の争点となった対中政策があったという展開だ。

 

 カートマンは選挙の激戦州であるコロラドノースカロライナ、フロリダ、オハイオネバダの年寄りしかしない投票所のスタッフを欺き、何十万という票を盗み出していた。
 カートマンを雇っていたのは中国、その中国と取引していたのは、オバマだった。

 オバマは再選と交換条件に中国にある物を差し出すことを約束していた。

 カートマンを手助けしていたバターズはカイルやスタンに問いつめられ、白状する。
「今週いちばんのニュースは大統領選挙じゃない」

 

 中国がオバマに要求していたものとは、大統領選挙投票日の一週間前にディズニーへの売却が報道された「スター・ウォーズ」を含むルーカス・フィルムの権利だった。
 この辺はモーガン・フリーマンが分かりやすく説明してくれる。
 そしてカートマンは中国に対して盗んだ票の在処を教える代わりに「スター・ウォーズの新シリーズには自分をルークの息子役として出演させること」を条件に出す。

 

 盗まれた票を探し出すカイルたちの目の前に現れたのはミッキーマウス卿。「中国との取引って何のことだ?スター・ウォーズはもう全部オレのもんだぞ、ハハ」
 中国にルーカス・フィルムを横取りされたくないミッキー卿もまた対中政策で強硬論を見せるロムニーを大統領に据えるため盗まれた票を探していた。

 カートマンは中国を裏切ってミッキーと手を結ぶ。彼が票を隠していたのは、2009年に経営破綻し、中国との売却話も破談となり、今やアメリカ国民からも見向きもされなくなったGM社のハマー販売店だった。

 

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 カイルたちや中国人に票の隠し場所を発見されたカートマンは警察を引き連れてやってくる。
「やっぱ民主主義のためにはこの票を公表しなければいけないよな、カイル」
 それを必死に止める中国。「やめろ、私たちは偉大なシリーズを守ろうとしているんだ」
 何がなんだか分からないカイルたち。
 そこへモーガン・フリーマンが再び登場。
「中国人が必死になってスターウォーズをほしがっている理由は、ディズニーはこのシリーズの置き場所に相応しくないと心配したからだ」
「我々は岐路に立っている。もしこの票を公表したら、大統領には国民が投票した者がなる。だが、その者はスターウォーズを中国から遠ざけ、ディズニーが保有することを認めるだろう。正しい者が大統領になるか、それともスターウォーズとそれを守る者(=中国)を共にさせるか」
 モーガン・フリーマンの演説を聞いたスタンはカートマンが盗んだ票を燃やし、再びアメリカは大統領にオバマを選ぶ。

 

 大統領のイスを条件にルーカス・フィルムのディズニーへの売却を防いだサウスパークだったが、現実世界ではこの3年後にディズニー資本で新作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(エピソード7)が公開。今やカートマンが盗み出した票同様、ファンからはなかったことにされている続3部作が幕を開けることになる。

 やはり、ルーカス・フィルムはディズニーに売却するべきではなかったのだ。
 ところが、2019年に放送されたシーズン23・エピソード2「Band in China」で中国市場向けを狙って自国のエンターテイメント業界が自己検閲してることを皮肉り、中国ではサウスパークが閲覧中止に。
 今年公開された映画『ムーラン』を巡っても中国にディズニーは忖度しまくりだし、次回の2016年トランプ対ヒラリー・クリントン戦になるともはや現実にフィクションが追いつかない事態となる。

サウスパークが描いてきたアメリカ大統領選③2008年オバマ対マケイン

 2008年11月4日に行われたバラク・オバマジョン・マケイン共和党)によるアメリカ大統領選挙の結果「オバマ勝利」が報じられたのは同日午後10時頃。シリーズ12・エピソード12の「About Last Night…」はそれからほぼ24時間後の翌日10時にテレビ放送された。

 

 放送日が大統領選翌日ということに気づいてからプロットを考えたというこのエピソードは、オバマが4日夜に地元シカゴのグラントパークで行った勝利演説シーンを完全再現した冒頭シーンは当然突貫作業によって作られたものとしても、それ以外のほとんどのシーンは本選挙前からオバマ勝利ありきで作業が進められたことになる。改めてサウスパークのニュース性と製作スケジュールのタイトさが窺える。

 

 オバマの勝利が報じられるや、サウスパークではランディらオバマ支持者たちが路上に出て馬鹿騒ぎ。ズボンを脱ぎ、ビールサーバーを持ち込み、信号機に上り、パトカーを引っくり返し、ところかまわずゲロを吐き、上司をぶん殴りながら「オバマ!」「チェンジ!」と叫ぶ。全部ランディーの仕業だが。

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大統領選当日の夜、アメリカではこれに近い騒ぎがあったという

 

 共和党支持者たちーーバターズの父親スティーブンやギャリソン先生、ビクトリア校長、マッケイさんら(学校の先生が多い)は「この国の終わりだ」「たぶん日の出まで死ぬ」と悲観し、町の外れにシェルター(箱舟)を掘って新政権による死の灰から逃れることに。
 ひとりカートマンは不在となった家々からテレビを盗んで売り歩いていた。

 

 一方、その頃、オバマとマケインは合流し、作戦の第一段階の成功を祝う。
彼らが10年前から計画した作戦とは、大統領選挙で全国民が浮かれている間に史上最大の強盗を企てるというもの。
 オバマとマケインをはじめとするチームの目的は、世界最高の防犯システムで守られたスミソニアン博物館から2億1千万ドルのホープダイヤモンドを盗み出すこと。二人はホワイトルーム執務室地下にある長さ3キロのトンネルを通りスミソニアン博物館に潜入するために大統領選に出馬したのだ。マケインの「ヒヤヒヤしたぜ。引き分けちまうんじゃないかと思ってよ」という台詞からも、どっちが大統領選に勝利してもよかったのだろう。
 チームにはマケイン陣営の副大統領候補サラ・ペイリンやミシェル・オバマ、大統領選前日に亡くなったオバマの祖母も合流し、『オーシャンズ11』をパロディーが展開される。

 

 マケインの敗北に悲観し、窓から飛び降りて足を怪我した弟を病院に連れて行くカイル。病院は急性アル中(→オバマ支持者)と自殺未遂によるケガ人(→マケイン支持者)でいっぱいだった。

 

 そして一夜明け。
 ダイヤを盗み出したオバマ一行は高飛びするため空港へ。飛行機が出る直前、オバマは仲間たちに「俺は強盗を引退する。大統領をやってみるよ」と告げ、ミシェルと共に再びホワイトハウスへ向かう。
 

 スティーブンらシェルターに避難した共和党支持者たちはその世界がまだあることに驚く。「つまり、過剰反応しすぎた?」「たぶん、オバマでも大丈夫だろう…」

 ひどい二日酔いで目覚めたランディに息子スタンが伝える。「会社、クビだって」。
ランディ「ちくしょう、なにが“チェンジ”だよ!あの野郎、だましやがって!マケインにしとくんだった!」

 

サウスパークが描いてきたアメリカ大統領選②2004年ブッシュ対ケリー

 ジョージ・W・ブッシュジョン・ケリーを下し再選を果たした2004年の大統領選挙から遡ること6日前、2004年10月27日にシリーズ8・エピソード8「Douche and Turd」(日本語題「小学校のマスコット論争」)は放送された。
 前回は幼稚園の学級委員選だったが、今回は主人公たちが通うサウスパーク小学校の新しいマスコットを決める選挙を通して選挙に投票する意味と無意味さを描いてみせた。

 

 サウスパーク小学校ではチアガールとマスコットの牛による「カウズ」がフットボールチームの応援パフォーマンスを行っていた(※1)。そこへ過激な動物愛護団体「PETA」が「無神経に牛を扱っている」と乱入してくる(※2)。
※1 サウスパークのあるコロラド州では畜牛は主要産業のひとつ
※2 PETAが生徒たちに赤い液体をバケツでぶっかけていた描写には元ネタがあり、2000年のファッションショーでPETAはランウェイに向かって赤いペンキを投げつけている

 

 PETAの攻撃を避けるべく、学校ではカウズに変わる新しいマスコットを決める選挙を行うことに。
 学校側が用意した新しいマスコット候補に納得がいかないカイルは新候補として「巨大浣腸」を提案する。するとカートマンが「もっと面白いのがある。糞サンドイッチだ!」と対抗する。巨大浣腸と糞サンドイッチはマスコット選挙の最終候補となり、両陣営は選挙キャンペーンを繰り広げる。
 

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 カイルは親友のスタンにも巨大浣腸への投票を促すが、スタンは「どっちもバカげてる」と投票の棄権を宣言する。
 スタンが選挙で投票しないと聞いた両親は息子を問いつめる。「投票するのが意味がないだと?」「投票権を持つまで何人が犠牲になったと思ってるの」
 両親までもが巨大浣腸と糞サンドを巡って争うなか、「投票の重要性を理解していないだと?」とラッパーのパフ・ダディ(現・ショーン・コムズ)がブラザー数人を引き連れてやってくる。(※3)。
※3 パフ・ダディは2004年大統領選前、若年のマイノリティ層の投票率を上げるため“Vote or Die”キャンペーン活動を展開していた

 

 パフ・ダディに銃で脅されたスタンは渋々投票を行う。その姿にカイルは「下らないと思っているかもしれないけど、その1票は重要なんだよ」と一旦は歓迎するが、スタンが糞サンドに投票したのを見るや、「こっちに入れるんじゃないのかよ、友達だろ」と詰る。
 パフィ・ダディをけしかけるカイルにスタンは「俺の投票の意義じゃなくて、自分の得票目当てかよ」と呆れる。パフィ・ダディの選挙促進キャンペーンも結局はブッシュを再選させないためにやったんだろ、と皮肉った描写だ。

「俺は誰の支持も受けない。投票の強要なんてまっぴらだ。投票しない、これが答えだ」
 改めてそう宣言するスタンに、大人たちはサウスパークからの追放という処置を下す。
 住民一人ひとりに服を破られ、ツバをかけられた挙げ句、頭からバケツを被らせて馬に乗って町を追放されるスタンの姿は、映画『マッドマックス サンダーロード』のパロディだろうか。
 さまよったスタンが辿り着いたのは、PETAが動物と共生するコミューンだった…。

 このエピソードでは「与えられた巨大浣腸と糞サンドを選ぶ権利を行使する大切さ」を悟ったスタンだったが、エピソード20では再び「なぜ4年ごとにクソガチャを回すのか意味がわからない」と冷えきった名言を吐くことになる。

サウスパークが描いてきたアメリカ大統領選①2000年ブッシュ対ゴア

 アニメ『サウスパーク』がアメリカ大統領選を初めて描いたのは、2000年11月15日放送のシリーズ4・エピソード12「Trapper Keeper」(日本語題「カートマンズ・クリークの秘密」)だった。

 

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 エピソードのメインストーリーは、カートマンの自慢の書類フォルダ“ドーソンズ・クリーク スーパーウルトラ書類フォルダ2000”が近い将来ターミネーターのごとく邪悪な意思を持ち人類を脅かす存在になるのでその前に破壊しなければならない、というものだ。『ドーソンズ・クリーク』とは放送当時アメリカで人気だったTVドラマ。タイトルのトラッパーキーパーは80〜90年代にアメリカの子供たちの間で流行ったルーズリーフや筆記具が収められる文具フォルダ。日本だと同じく80年代に流行った多機能筆箱がそれに近いかも。

 

 大統領選をモチーフとしているのはこちらのストーリーではなく、サブストーリーの方。
 暴走を始めたドーソンズ・クリーク スーパーウルトラ書類フォルダ2000を主人公の4人が必死に食い止めている頃、カイルの弟・アイクは飛び級で幼稚園に入り、担任のギャリソン先生の推薦で学級委員の候補に選ばれる。
 アイクと対抗馬のフィルモアの学級委員選は園児たちの投票の結果6対6となり、勝敗は最後まで「どっちに入れたらいいかわかんな〜い」を繰り返していたフローラの1票に委ねられる。フローラはアイクに投票し勝敗が決したと思われたが、フィルモア側から再集計を要求される...。

 

 エピソードのあらすじはこんなところだが、では実際の共和党候補ジョージ・W・ブッシュ民主党候補アル・ゴアで争われた2000年アメリカ大統領選挙はどのような経過を辿ったのだろうか。
 11月7日、投票当日の開票時点で獲得した選挙人はブッシュが246人に対してゴアが255人の大接戦となり、勝敗は25人の選挙人枠を持つフロリダ州の開票結果に委ねられた。つまり、サウスパークで最後までどっちに投票しようか悩んでいたフローラはフロリダ州ということだ。
 翌8日にはフロリダ州でのブッシュ勝利(1784票差)が報じられ、ゴアはブッシュに当選祝いの電話をするも、得票差が再集計が求められる0.5%未満だったためゴアは当選祝いを取り消す電話を入れる。
 超僅差ながらもブッシュ優勢で再集計が進むと、ゴア陣営は民主党支持者が多い4つの群に対して集計ミスが発生する機械作業ではなく手作業による再集計を求める。ゴア票の追い上げを防ぐためブッシュ側は手作業の中止を求めて訴訟を起こす。ここから大統領選は手作業集計の是非を巡って法廷へとリングを移す。
 連邦裁判所が判決を下した翌日の12月13日、ゴアは敗北宣言を行う。投票日から36日が経過していた。

 

 つまり、「Trapper Keeper」放送日の11月15日はおろか、シリーズ4の最終話が放送された12月20日にもまだ大統領選の結果は出ていなかったのだ。
 サウスパークの学級委員選の結果は子供たちの次の言葉で落ち着く。
フィルモア「もう、ぼく降りるよ。もうこの遊び飽きちゃった」
女の子「そうよ、なんかバカみたい」
アイク「うんち出ちゃったー」

 このエピソードでは園児の要求で票を106回数え直したり、“アメリカ版女みのもんた”のロージー・オドネルにしゃしゃり出られたりと散々振り回されたギャリソン先生だったが、この20年後には自分が大統領の再選を巡って国民を振り回すことになる。

【近々の仕事】10/11発売『エキサイティングマックス! Special」連載ページを執筆

 10月10日発売、『エキサイティングマックス! Special 151』(楽楽出版)に、連載ページ「この地下アイドルがすごい!!」を書いております。

 

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今回(第18回)ではプログレッシブロック・アイドル、XOXO EXTREME(キスアンドハグエクストリーム)さんを紹介させていただきました。

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XOXO EXTREME Twitter

キスエク公式@11/27渋谷クラブクアトロ (@xoxo_extreme) | Twitter

【近々の仕事】『実話BUNKA超タブー 2020年11月号』に寄稿

 10月2日発売の『実話BUNKA超タブー 2020年11月号』(コアマガジン)に、特集記事「“おじキュン”人気ということにされてるおっさん有名人普通にキモい」を書きました。

 

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 ありがとうございます。

 

 

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共犯者たちにはタバコがよく似合う(ドラマ『青い鳥』、映画『風立ちぬ』、アニメ『ルパン三世』より)

 1997年10月に放送開始されたTBS系ドラマ『青い鳥』。当時中学生だったぼくはリアルタイムでこのドラマを見ていた。第2話終盤の場面に印象に残っているシーン、というより会話がある。
 結婚以来、束縛する夫と自分を息子の高いオモチャにしか見ていない舅との暮らしに息苦しさを感じていた「かほり」(演・夏川結衣)はある晩、娘の詩織と仲の良い“駅長さん”「柴田理森」(演・豊川悦司)の夜勤現場を訪ねる。
 慣れない土地でやっと心が落ち着く場所を見つけた夏川は豊川にどうして駅員になったのかを訊ね、自分はこれまで同じ場所を「行ったり来たり」する人生だったと話し始める。
 おもむろにバッグからタバコを取り出す夏川。彼女がいつもタバコを吸っているのは夫や舅、娘の姿がない場所だ。夏川のタバコに気づいた豊川は彼女の手元にスッと灰皿を差し出す。
夏川「よそう。駅長さん、タバコ吸う女なんて嫌いでしょ?」
豊川「いやオレ、そういうのないですから。オレも吸うし」と。胸ポケットから自分のタバコを出して火を点ける。

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トヨエツはこのドラマ放送当時30歳。色気が全身からほとばしっております

 

「オレも吸うし」
『青い鳥』を見て以来、ぼくはこの台詞を意中の女性に言うタイミングをうかがっている。しかし、20年以上経つのにいまだそれは果たせていない。なぜなら「タバコ吸う女なんて嫌いでしょ?」とパスを出してくれる相手が現れないからだ。
『青い鳥』ではこのあと、豊川の“夢”についての会話が続く。
「詩織ちゃんとあなたがこの町で笑って暮らしてくれることかな。この町で幸せになってください」
「この町で。この町でなきゃダメ? ねえ駅長さん、この町から私を、連れ出して」
 この言葉を機に二人の運命は転がり始めるのである。


 最近、『青い鳥』の喫煙シーンに似た場面が登場する作品を最近見た。宮崎駿監督作の『風立ちぬ』(2013年公開)だ。
 太平洋戦争前夜。戦闘機の設計士・堀越二郎と、結核を病みながらもサナトリウムを抜け出し二郎との結婚生活を送ることを選んだ妻の菜穂子。二郎は会社だけでなく帰宅してからも病床の菜穂子の隣で新たな戦闘機の設計に没頭する。
「手を貸して」とせがむ菜穂子の手を左手で握り、右手だけで図面を引き、計算尺を操る。
 一息ついたところで、二郎は「タバコ吸いたい。ちょっと離しちゃダメ?」と菜穂子に訊く。
「ダメ、ここで吸って」
 二郎は菜穂子の気持ちを受け入れ、彼女の手を握りながら紫煙を吐き出す。

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このシーンのカメラアングルはなんとなく小津安二郎作品をほうふつとさせる。小津映画一本も観たことないけど

 

 これまでの宮崎駿作品の中でも、いや、過去の日本映画史の中でも屈指の愛を表現した場面だと思う。
 繋がれた菜穂子と二郎の手、設計図に走らせる二郎のもう一方の手、そして二郎の口から吐き出される煙。このつながりはいずれは空を駆けるゼロ戦へと結実するのだが、同時に体を流れる血や生命の連鎖といったものも連想させる。


 一方でこの場面について、映画公開当時、「肺を病んでいる妻の横でタバコを吸うなんて…」と拒絶する観客が少なからずいたそうだ。
 たぶん、そういう人は映画を観てないかおそろしく読解力がない人なのだろう。二郎は一度は妻の病状を慮り、その場でタバコを吸うのを躊躇っているではないか。それに、二郎のタバコの煙と同様、菜穂子も結核をうつすかもしれない。お互い覚悟の上で一緒に生きることを選んだのだ。
 この場面以外にも、『風立ちぬ』には喫煙シーンが多すぎる、と日本禁煙学会なる団体がクレームを入れてきたらしい。いやいや、松本清張市川崑ならあの千倍吸ってるって。


 そういえば、宮崎駿演出ではないが、アニメ『ルパン三世』には、パート1「脱獄のチャンスは一度」、パート2「荒野に散ったコンバット・マグナム」、映画『ルパンVS複製人間』などなど、ルパンと次元のイカす喫煙シーンが数多くある。鉄格子越しでもカーチェイス中でも、二人のタバコのタイミングが狂うことはない。

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映画『ルパンVS複製人間』のカーチェイスシーン


『青い鳥』の豊川悦司夏川結衣。『風立ちぬ』の二郎と菜穂子。ルパンと次元。共犯者たちにタバコはよく似合う。


 最後に。
「タバコ吸う女なんて嫌いでしょ?」
 そう言ってくれる相手はなかなか現れないが、ハタチ前後に付き合っていた彼女とお茶をした時の出来事を。
 喫茶店の席に着いたぼくは、いつものように席に座るやタバコに火を点けた。すると彼女もバッグから細長いタバコとライターを取り出した。
 タバコを吸う人じゃなかったので、「それ、どうしたの」と訊くと、「ボニー君がタバコを吸っている姿があんまりにも美味しそうだから、私も吸うことにした」とのこと。
 体質的に合わなかったのか、すぐにやめてしまったようだが。
 家族や周りの人のためにタバコをやめられる人はエラいと思う。でも、好きな人と同じものを共感したいからとタバコを吸いはじめた彼女のことはもっと尊敬する。そして「この人が禁煙して」と言うのならタバコをやめてもいいかな、とそのとき思った。